薬剤師と就職・転職活動

薬学生の就活は難しい|将来なんて誰も予測は出来ない

今でこそ人気がある調剤併設ドラッグストアだけど、私が就活した時(2000年代頃)はとても不人気でした。時代は変わりましたね。

同期の男はほとんど製薬MRに行くか、アタマいいのは大学院に残って研究という感じ(当時はもちろん4年制)。女性は病院が多かった印象。

私はほとんど就活しなかったんで、あまり当時の就活データとか無いです。気づいたらみんな就活が終わっていました。

まーもー20年ほど前なんであまり詳しくは覚えて無いんですが、私はメーカー1社の研究職(湿布の会社)と、調剤併設ドラッグストア。2社しか面接受けてません。

なんやかんやあったけど、そんな適当な感じでもなんとか薬剤師として生き延びてこれてます。運が良かっただけかもしれませんけどね。

研究室時代の就活アドバイス

4年生の研究室時代、先輩に「どんな会社がいいですかねー」って質問したのを覚えています。私はとてもぬるいので、そういうアドバイスを元に少し就職先を考えてました。

その質問に「和光純薬なんかいいと思うよ」という返事が返ってきた。

正直その返しを受けた時は「いやいや、微妙すぎるでしょ、、」と思ったものですが、今思い返せば結構的確なアドバイスだったと感じています。

【和光純薬をおすすめされた理由】
武田薬品工業の子会社で福利厚生が非常によい!

理由としてはそれだけ。でも正直「誰もが入社を競う会社」というわけでも無かったので、絶妙なチョイスだったと思っています。
(スミマセン・・伏せ字にすればよかったかもですが、リアリティが無くなるのでこのまま)

同じように、会社としてメジャーじゃないけど「実はいい会社」って意外と多いのかなと思います。

もう少し真面目に就活して情報収集していたら、結構まじで和光純薬に就活してたかもしれません。福利厚生はとても大事ですからね。

しかし、、、

【悲報】
その後、武田薬品工業から身売りされ、富士フィルムの子会社となる(2017年)

悲報も何も朗報かもしれないし、そもそも私にはまったく関係ないんですが「武田薬品工業の子会社」では無くなってしまいました。

ちなみに和光純薬工業のご略歴は以下。

  • 1922年(大正11年):現武田薬品工業の化学部門を分離し「武田化学薬品株式会社」として設立
  • 1947年(昭和22年):和光純薬工業株式会社に名称変更
  • 2017年(平成29年):富士フィルムの子会社へ
  • 2018年(平成30年):富士フィルム和光純薬株式会社に変更

1947年以降ばっさり抜けてますが、老舗の化学薬品の会社として安定した経営をしておりました。

誰もが知る有名な会社というわけじゃないけど、縁の下の力持ち的ないい会社っていうイメージです。

武田薬品工業から富士フィルムへと変わって、何が変わったのかは正直わからないです。武田薬品の色んなデータは手元に有るんですが、富士フィルムのデータは無いので比較出来ません。

ただ、武田薬品工業の福利厚生は一流ですからね。そこの恩恵に与る事が出来るというのは、安定して働くにはとても良かったと思います。

ここまでただの感想文なわけですが、引き続き感想文です。

医療業界ってM&Aが盛んです。

世界規模で見ても、医療の分野では「特許になりそうな研究」などは大手でもより大手が会社ごと買うっていうケースも多い。

その一方で、将来性はあまり無いな・伸びては行かないなという部分は、大手はどんどん切り離して行きます。

医薬品にしたってGEメーカーに渡しちゃう事は日常茶飯事だし、武田薬品にしてもOTC部門を切り離しちゃう決断は最終局面です。

ニュースとしては「えー、そうなのか!」って驚きを感じる程度だけど、そこで働いてる人は結構たまったもんじゃないです、きっと。

私だってもし和光純薬工業に入社する事が出来て働いていたら、人生途中で変わってしまってたはずです。結構大きなレベルで。

業界再編は覚悟して就活&働く

「転職」などの主体的な行動とは違って、外部要因で働く会社が変化してくって言うのは、なかなかきついものです。

薬局だってどんどん大手が小さい薬局を子会社化やM&Aしてます。働く環境がガラッとかわってしまいますよね。

淘汰されない薬剤師を目指す!事は必要だけど、外部要因でどうにもならないこともある。10年後なんて誰にも予測出来ない。

ただ一つ言えるのは、少し前まで「薬剤師不足っていう状況は何十年もずーっと変わって無かった」という事。

でもそれがこのたった数ヶ月で、大きく変わってしまったという事。

そしてこんな状況になって実感するのは、少しくらい薬剤師不足の方がなんとなく良かったんじゃないかなという事。